サン・クルー
1725〜35年 染付手書きで、iと3つの十字を組み合わせた窯印
コーヒー・カップ:H=56mm、D=57mm/トランブルーズ:104mm
 サン・クルー窯の窯印についての研究は、今日もほとんど進んでおらず、海外の大博物館の学芸員達ですら、百年も前の研究レポートを参考にしている状況である。
 この窯印は聖イグナチウス(イグナチオ・ロヨラ)そのものを示すか、あるいはイエズス会(イグナチオ修道会)、もしくはイエス・キリストを表す「INRI」の頭文字から採られた、多分に宗教的なものであると筆者は推測するが、はっきりした根拠は現在も不明である。これらサン・クルーの窯印の典拠は、1906年にパリで発表されたザヴィエ・ド・シャヴァニャック&マルキ・ド・グロリエの「フランス磁器工場の歴史」という書籍資料の採録による。しかし今回、本品セットを筆者が発見したことにより、さらにいくつかの新しい情報がわかってきた。
 まずこのコーヒー・カップは複数個のセットで伝世しており、さまざまな窯印が書かれている。その中には既知の窯印に混じって「B」「L」などのローマ字大文字の窯印が単独で使用されていたことがわかった。これらはシャヴァニャック&グロリエの資料には掲載がないため、例えばルートヴィヒ・ダンケルト博士の名高い著作「Directory of european porcelain」でも調べることができない。
 また本セットの中には「M」の窯印の使用もある。これはサン・クルー窯のピエール・シカヌー二世の未亡人、マリー・モローの頭文字で、百年以上前から知られた窯印である。これはマリー・モローが1718年〜1743年(没年)まで使用していたマークで、遺産として入手したサン・クルーの系列工場(支社。姉妹店)で製造された作品に入れられている。この工場はサントノレ郊外のヴィル・レヴェック通りにあった。
 ここまでをまとめると、サン・クルー窯では自社の窯印をマリー・モローが書き入れて製品を売ることを許可していたか、あるいはサン・クルーで焼かれた磁器とヴィル・レヴェックで焼かれた磁器とは原型が同じで、製品は混ぜて(組み合わせて)販売されていたか、などが考えられる。これは両者が本社−支社関係であるから、当然起こり得る内容である。さらにサン・クルー窯には、おそらく職人頭か工房親方の頭文字を入れた「B」や「L」などのイニシャル・マーク(単独使用)があった、ということである。これは賃金支払いに関わる納品数整理のために使用されたと思われる。
 さて、本体の方に目を転じてみると、カップ、スタンドそれぞれには縦縞のフルート(リード)装飾があり、オランダやフランスのファイアンス陶や、イタリア製品とも相通じるベラン文様と鋸歯文を用いた染付で、サン・クルー窯伝統のデザイン(「アンティーク・カップ&ソウサー」p.222〜223)になっている。スタンドにはわずかに隆起した揺れ止めのトランブルーズが、切り高台状にしつらえられている。これもこの窯にはよくある意匠である。
 ガラス質の磁器本体はかなり重めに作られ、艶のあるクリーム色がかった釉薬がかけられている。
 

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