ヒックス&メイ
1815〜20年
ティー・カップ:H=48mm、D=98mm/ソーサー:D=144mm
 本品は縦縞の立体フルート装飾付きエンパイア・シェイプのカップ&ソーサーで、ハイ・リング・ハンドルの末端部には羽状装飾があり、カップ口縁との接合部分下には羽とアカンサスを複合したレリーフ装飾が施されている。フルート装飾を伴ったエンパイア・シェイプは、イギリスではあまり製造されていないデザインである。
 紺色の染付に金彩で、フリル文様と鋸歯文様が巡らされ、エナメルで一輪描きの花が散らされている。
 








ヒックス&メイ
1815〜25年
ティー・カップ:H=53mm、D=87mm/ソーサー:D=140mm
 本品は繊細かつ豪華な金彩と華麗な色絵で、ヒックス&メイ窯の加飾技術を遺憾なく発揮した名作といえる。
 等間隔に引かれた極細の櫛目金彩、ユニークな点繋ぎ文様、十六種類もの花、存在感溢れる八種類のフルーツで、カップもソーサーも埋め尽くされている。カップ外側には金彩で、スイカズラ(忍冬)とベルフラワーを組み合わせた優雅な花蔓が描かれている。このティー・セットに描かれた花や果物の種類は本品の範囲にとどまらず、他の作例ではカットされた林檎の切断面を描くなど、様々な工夫が凝らされている。
 赤葡萄やプラムでは皮の表面の張りと艶の輝きが表現され、洋梨ではごつごつとした凹凸感や果皮の疵を巧妙に描き、白葡萄では陰影によって柔らかさと立体感を加えている。また種子の裏側の白い果肉を僅かに覗かせる苺や、花びらの色を丁寧に変えた二種類の三色菫など、可愛らしく細やかな表現も行っている。
 カップの形状はラッパ状に口縁が開いた、フレア・タイプのロンドン・シェイプである。
 







ヒックス&メイ
1815〜25年
コーヒー・カップ:H=65mm、D=71mm/ソーサー:D=138mm
 従来の説ではヒックス&メイ窯の磁器作品は少なく、同社は陶器販売中心に経営され、磁器に関する製造経験が浅い、とされてきた。しかし研究が進めば進むほど、驚嘆すべき技術を駆使した美麗な作品が、この窯に帰属してゆく。「経験不足のお粗末な磁器メーカー」という認識は完全に誤りである。本品も1980〜90年代には製造元不明とされていたが、ようやく最近になってヒックス&メイ窯が焼いたカップ&ソーサーであることが判明した。しかも本品は極めて豪華で他に類例のないユニークなデザインで仕上げられているため、ヒックス&メイ窯の名声を高めるのに重要な役割を果たした作品である。
 カップの形状は、口縁が外側にめくれたフレア・タイプのロンドン・シェイプで、繊細で巧妙に造形された優美なロンドン・ハンドルが取り付けられている。
 明るい染付紺地の上には、太い金彩線で力強い鱗文様が描かれ、それぞれの鱗文の中は模式的な立花文が空間を埋めている。全体に三つの点からなるドット文が散らされ、金彩線と花の上には、しっかりと隆起したドット連文の盛金装飾が施されている。鋲打ちのように見事な盛金ドットが、このように確固たる堅実な技術によって応用されていたという作例は、1820年代の英国製磁器作品においては大変珍しい。
 金彩の極細コーミング文様で飾られた白抜きパネル内には、主花と添え花(副花が描き添えられた三種花のパネルもある)の組み合わせによる豊かな色彩の花絵が描かれている。カップ見込みとソーサーの井戸周りには、金彩による鋸歯文様があしらわれている。
 







ヒックス&メイ
1806〜10年
ティー・カップ:H=56mm、D=84mm/ソーサー:D=137mm
 ビュート・シェイプのカップに、下辺で二つキックが入った細いループ・ハンドルが取り付けられている。カップの口縁は、外側に向かって微妙な反りが付けられたユニークな造形になっている。特殊な艶を持つ光沢のある肌色オレンジ地は、マーブル文様に仕上げられている。これは塗布した顔料を焼成前に細いニードルで掻き落とす技法で石目調の白い線を描き、一旦これを焼いた後に、更に上から極細の赤線を散らすことで大理石に似た質感を表現している。このような色の大理石は、ネオ・クラシック様式の建築物の柱や床などの内装に珍重されていた。
 カップ正面(ハンドルの反対側)とソーサー中央の白抜きの円内には、緑・黄・朱・青・紫・ピンク・黒の七色で、華麗な花束絵が描かれている。この花絵デザインはティー・セット全体に共通のもので、ティーポットやティーポット・スタンドにも全く同じ花束が描かれている。
 本品の絵付けはヒックス&メイ社の初期作品を代表する傑作で、特にマーブル地は1800年代初頭のスタッフォードシャー地方で作られたボーンチャイナ製品の中でも、最も美しい地文様の一つと言うことができる。この地色について、従来は転写版によるトランスファー・プリンティングであるとの説があったが、地色塗り、掻き落とし、赤線描きまで全工程が手仕事で製作されている。
 本品にはキャン・シェイプのコーヒー・カップが添っており、トリオのセットになっている。
 






ヒックス&メイ
1815〜25年
ティー・カップ:H=51mm、D=98mm/ソーサー:D=145mm
 エンパイア・シェイプと呼ばれる、口縁の下で胴が絞られ、再びラッパ型に開くデザインのカップに、ハンドルはハイ・ループ・ハンドルの上端部が巻いて接合するタイプで、終端部には扇状に開く羽装飾が造形されている。ソーサーもエンパイア・シェイプで、中央部にはカップを固定する窪みがあり、平板に造形された外縁を持つ。
 本品との造形的類似が指摘されるジョン・ローズ・コールポートのカップ&ソーサーが、「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.70に掲載してあるので、ご参照いただきたい。ハンドルが接合する口縁部に羽と葉状の羽飾りがエンボスで造形される点も含め、両者のデザインは共通である。
 絵付けは薄い染付で桔梗のような花絵がカップの内外に描かれ、薄い黄色(クリーム色)の地色が施されている。金彩ではフランス風の波ボーダーと、ハンドルのドット文が描かれている。
 本品には同じエンパイア・シェイプのコーヒー・カップが添っており、トリオのセットになっている。
 






ヒックス&メイ
1806〜10年
ティー・カップ:H=57m、D=88mm/ソーサー:D=136mm
 オレンジ、紫、水色、黒、ミント・ブルーの鮮やかなエナメル上絵で、意味不明な花と捩れた葉が描かれている。この花絵が蕾なのか、団栗状のものを表しているのかもよくわからない。金彩は二種類の葉文様が一緒に生え出したようなデザインになっている。このような解釈不可能な連続文様を「パリ・ボーダー」といい、パリ窯業群で用いられた意匠がもとになっている。ここに見られる絵柄は大胆な色づかいで、19世紀初頭の作品としてはモダンで斬新な文様になっている。
 本品はヒックス&メイが創業当初に作ったビュート・シェイプのボーンチャイナ製ティー・カップである。ハンドルは「リッジウェイ・ハンドル」と呼ばれ、二つの瘤状の僅かなキックが特徴で、様々なメーカーで作られたデザインである。ヒックス&メイは1813年頃から磁器を焼き始めたというのが従来の説であったが、ビュート・シェイプは1813年頃には時代遅れになっているため、現在では従来説より早く、1806〜10年頃には磁器製カップ類が焼かれていたと考えられている。
 







ヒックス、メイ&ジョンソン
1825〜35年
ティー・カップ:H=48mm、D=98mm/ソーサー:D=148mm
 ヒックス&メイは1806年、スタッフォードシャー窯業群の一翼を担うシェルトンの地でアーザンウエアを焼いていた、ジョン&エドワード・バデレイの窯を買収して発足した。したがって製品の主力は、その後もアーザンウエアとストーンチャイナであった。これらはしばしばレインデルフのメイソン一派が作る陶器と混同され、ヒックス&メイと鑑定できるようになったのは近年のことである。
 磁器(ボーンチャイナ)は更に稀少で、窯印もないが、現在ではそのアイデンティティーが特定できるようになっている。
 創業者のリチャード・ヒックスとジョブ・メイは、メソジスト教会への熱心な信仰を通じて結びついた友人で、1801年、リチャード・ヒックスはジョブ・メイの娘リディアと結婚し、両家は親戚となった。この二人が資金を出し合って事業提携したのは1803年である。磁器作品は1813年以降に製造されるようになったと考えられていたが、1800〜10年代に流行したビュート・シェイプの磁器製ティー・カップの作例がたくさん残されていることから、1806〜10年頃にはボーンチャイナの製造を始めていたと考えられる。
 1822年からは新たな資本参加を得て、社名がヒックス、メイ&ジョンソンとなったが、このジョンソンという人物は窯業には関係せず、事務も執り行わず、シェルトンにも住まなかった。窯業出身者であったのかは不明である。

 本品はヒックス、メイ&ジョンソンの体制下で製作され、形状はバース・ハンドル付きの「リージェント・シェイプ」と称する。「リージェント・シェイプ」はミントン窯に最も作例が多く、またブルーア・ダービーでも優れた絵付けの高級品にこの形の白磁が用いられた。バース・ハンドルのオリジナルもミントン窯である。
 ここから派生したヒックス、メイ&ジョンソンの「リージェント・シェイプ」を、特別に「ビー・モールデッド・シェイプ」と呼ぶ。この呼称は一般的なものではなく、ヒックス、メイ&ジョンソンの作品にのみ用いられるもので、口縁の外側に蜂に似たレリーフ(エンボス)装飾が造形されているため、このような名称が付けられた。
 絵柄は紺地金彩の部分と、色鮮やかな貝に花絵の部分が交互に分割され(ソーサーが六分割、カップが四分割)、力強い筆使いで濃い発色の巻き貝、タカラ貝、二枚貝などが描かれ、それぞれに珊瑚の赤い枝も添っている。花絵と貝絵を混在させたことが不思議な幻想感を醸し出しており、チューリップや裏描きの薔薇が見える。紺地の部分にはペール・オレンジ(肌色)が組み合わされているが、これはパリ窯業群で多く製作された配色で、ロココのCスクロールで枠取りしたデザインとともに、金彩による格子文様もまた、フランス磁器の模倣である。
 十九世紀前半には、貝殻のコレクションはかなりの富裕層だけに許される道楽で、南方産の美しい貝殻は非常に高価に取り引きされ、この趣味にはまるのは相当なお金持ちだったという。したがって美しい貝殻への憧れが強かった1800年代のイギリスでは、磁器上の貝絵は絵付けの高級品にランクされ、「花絵より鳥絵、鳥絵より貝絵が上(ジェフリー・ゴッデン)」とされている。ここに描かれた貝殻の何たるかが判る人は、それなりの教養と資産を持った階層にいるわけであり、本品はハイエンドの需要を満たす目的で製作されたカップ&ソーサーの典型的なスタイルをしている。
 同じシェイプのティーカップが「アンティーク・カップ&ソウサー」p.65に掲載してあるので、ご参照いただきたい。
 

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