コラム8
『プリント絵付けは人工美の庭』
ロイヤル・ウースター
1887年(金彩・青)コーヒー・カップ:H=56mm、D=56mm/ソーサー:D=113mm
1880年(金彩・黄)コーヒー・カップ:H=56mm、D=57mm/ソーサー:D=114mm
1883年(金彩・ピンク)コーヒー・カップ:H=56mm、D=56mm/ソーサー:D=114mm




 

 ロイヤル・ウースター社のプリント作品
 ウースター窯における釉薬上の転写版絵付け(オーバーグレイズ・トランスファー・プリンティング)は、1756年に同窯へやってきたロバート・ハンコックによりもたらされた。ハンコックは1746年にバーミンガムの銅版彫刻師ジョージ・アンダーソンに弟子入りしてこの技術を習得し、1753年には銅版彫刻師のメッカだったロンドンに移って製作を開始した。ちょうど時を同じくする1753年、アイルランド出身の銅版彫刻師ジョン・ブルックスにより、バターシーの窯場で釉薬上の転写版絵付けが発明された。これがイギリス初のこの技術の適用である。ハンコックもすぐにブルックスのテクニックを応用し、ウースター窯内でも銅版転写絵付けが本格化することになった。
 後にハンコックは、1775年にトーマス・ターナーが開いたカーフレイ窯(ロイヤル・サロピアン磁器工場)に居を移して製作するようになる。ターナーはウースター窯で技術を磨いた転写銅版彫刻師で、ハンコックの後輩にあたる(弟子という説もある)。
 18世紀のプリント絵付けは「サイズ・ダウン」と呼ばれる技法で製作されていた。これは銅版の上に熱した油を媒介として顔料を乗せ、石鹸水に浸して馴染みをよくした濡れ紙に図柄を写し取って転写するもので、磁器上に貼りつける際にやり直しがきかず、熟練者でないと失敗作が多く出た。
 19世紀後半には近代的なプリント技術として「カヴァー・コート」と呼ばれる技法が開発された。これはシルク・スクリーン技法で図柄を印刷し、たっぷりの水で十分に湿らせた転写紙を磁器上に乗せ、顔料はスポンジで紙を釉表に押し付けることによって転写する。「カヴァー・コート」の手法では、水の膜によって紙をずらし、正確にプリント位置を決められるために、確実で容易な加飾作業が可能になった。
 今回このコラムで取り上げたのは、全て19世紀後半に「カヴァー・コート」の技法で製作された、ロイヤル・ウースター社の作品である。絵柄の味わいの違いをより明確に比較できるように、形状とサイズが同じカップ&ソーサーを掲載した。
 ロイヤル・ウースター社はプリント加飾の芸術性を高め、優れた絵付けをするための技術開発を推進したメーカーで、上等な転写作品を多く製造している。プリントは量産のためのテクニックであることが前提だが、それでもアメリカを中心とする多くの高級雑貨店からの注文製作を請け負い、同社のプリント食器の美しさは広く知られていった。
 ロイヤル・ウースター社のプリント食器が成功した背景には、二つの要件がある。
 一つには日本から流入してきた装飾デザインが市民権を得て、大いにもてはやされたことである。このことにより、ヨーロッパでも和紙や日本の染織を写した型紙製作の意匠が好まれるようになり、これらの文様は手で描くよりも、むしろプリントで印刷する方が図柄にしっくりとマッチした。
 二つには19世紀後半のイギリスで流行した「アーツ&クラフツ運動」からの影響があげられる。これも日本からの文化移入と同様に、布地や壁紙などプリントされた連続文様柄が重要な役割を果たしていたために、食器におけるプリント絵付けは時代の好みに合った装飾法だった。
 ロイヤル・ウースター社はこうした19世紀後半の工芸様式に敏感で、それを積極的に取り入れたプリント・デザインを開発する一方で、「ウィロー・パターン(柳に燕文)」をはじめとする18世紀の伝統的図柄の作品も復刻し、食器の趣味性と楽しみを広げるという大きな功績を残した。本項で紹介する三点の作品は、いずれもロイヤル・ウースター社が当時最新流行の装飾様式でデザインしたプリント・パターンで絵付けされている。
 青色のプリントのカップは、細かく正確な描線を用いた、非常に精巧なプリント絵付けに成功した作例である。黒の細い外線と鮮やかな青で、様式化された椿文が並び、くすんだ青で歯朶文が散らされている。ヴィクトリア朝に特有の植物への関心・流行と、アーツ&クラフツ様式を巧みに融合している。本品は、アメリカ・デトロイト最大の時計・宝石・銀細工商M.S.スミス&Co.からの注文によって製造されている。
 黄色の地色と焦げ茶の差し色のコントラストが鮮やかなカップには、アーツ&クラフツ運動に影響を受けた連続柄が、金彩のプリントのみで仕上げられている。さらに文様の要所にプリントで、僅かではあるがはっきりと金の盛り上がりを施している。プリント加飾による省力化・量産化という工場経営の近代的命題と、技術の向上によってプリント金彩でも盛り上げ金彩に似た凹凸を表現したいという工芸的命題との両立に成功した作例である。本品は、アメリカ・フィラデルフィアの宝石商カルドウェルからの注文によって製造されている。
 ピンク色の丸花柄を重ねたカップは、地色の上に別の文様を施すのではなく、連続文様自体がびっしりと地を埋めて、全体を覆ってしまう特殊な様式を採用している。このタイプの磁器絵付けはヨーロッパの伝統的装飾法ではなく、日本の工芸品や染織(布地)などの影響を受けて初めて確立されたものである。
 またピンク色のプリントも、単にのっぺりした印刷的な絵付けではなく、顔料が盛り上がっている。陰影や濃淡も表現され、手触りもざらっとしたエナメルの凹凸は、力強い迫力を感じさせる。花文様は抽象化され、幾何学的なデザインにデフォルメされている。

 転写版作品を理解する楽しみ
 トランスファー・プリンティングで加飾された作品を、美しいと「感じる」ことはさほど難しくない。奇麗な色合い、気に入った絵柄であれば、それで十分心の満足は得られる。しかし美しいと「考える」ことはとても難しい。特に様々な装飾磁器の驚くべきテクニックを知り、また優れた最高級の仕上げを施した芸術作品を頻繁に目にしていると、転写版加飾は安手で三流の日用磁器の仕上げ法としか考えられなくなる。これを心楽しく鑑賞するためには、感情ではなく、「面白い」と判断する頭脳の働きが必要だ。眼前にしているカップ&ソーサーの表面に見えているもの、すなわち眼球と視神経で認識する部分だけで物を見てしまい、直感だけの喜びに現を抜かすタイプの人には、この機微がわからない。作品のデザインや技術の裏にある歴史と人物、物語や由来、絵画・彫刻ばかりでなく文学・音楽・演劇を含む他の芸術作品との関連性や影響などを学ぶことにより、つまり知識量と判断力に支えられた頭脳の積極的働きによって、我々自身が作品に入って行かなければならないのだ。「作品に入る」とは、単に「物を凝視・注視する」という近代的自我の目覚めを代表する行為そのものの物理的範囲を踏み超え、その物を通してさらに奥にあるもの、言い換えれば物が発生と同時に根源的に内包する特質を、頭脳の「判断」によって洞察するという、積極的な意識の力を動かすことである。これはロマン派以降に現れる自己拡大の一部と考えてもよい。一つのことしか学ばない人、他の芸術分野に疎く、興味を抱かない人は「ロマンティック」の本義から外れている。
 「歴史とか背景とか、小難しいことはいらない」「食器の美しさなんて理屈で考えるものではない、直感で十分」「所詮は道具なんだから、好きで気に入っていればいい」という人々の考え方をあざ笑うもの、それが転写版食器の本質なのである。
 「トランスファー・プリンティング=転写版加飾」の世界は、広大な人工庭園である。しかもそこは貴族階級のためだけの庭ではなく、誰のためにも開放されている庭であるかのように見える。初心者でも入りやすく、楽しみやすい場所と思っている人は多い。しかし、この親しみやすい見せかけに騙されてはならない。トランスファー・プリンティングの庭は決して万人を招くものではなく、我々の側から苦労して塀を登り、積極的にエネルギーを傾けてその中に入って行かねばならない場所なのだ。しかもその入り方の約束は示されず、入口の開け方は教えられない。全ては境界を乗り越えた庭の内部で結果的にしか知り得ないことなのだ。我々は慎重に学習と検討を繰り返しながら、異次元の庭の入口がいつか開くのを待ち続ける。そしてある日、突如として眼前に庭の真実の光景が開かれていることに気づく。この瞬間は「驚き」と「気づき(発見)」の頂点である。そのように頭脳を使った求道者のみを、転写版磁器の面白さの庭は受け入れる。「あら素敵ねぇ」「奇麗だわぁ」「使いたいわぁ」で済ませてしまった人は、庭園を外から撮影したフィルムの幻灯を見せられ、お土産の絵葉書を買わされて満足しているのと同じである。内部を体験することはできない。それでも別段構わないけれども、実は自分が庭園の塀の外に置かれていることに気が付かないだなんて、情けないではないか。
 転写版食器の楽しみは、学習と探究の楽しみ、言い換えれば頭脳の楽しみである。手描きの作品が高級品として優勢な磁器装飾の世界で、プリント絵付けにどのような価値を見いだすか、どのような地位を与えるかは、ひとえにその人自身の取り組む姿勢次第なのである。

 



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