コラム6
『共通する絵柄 −マイセンとヘレンド−』
マイセン(岩に牡丹文)
1740年頃 染付で交差する剣の窯印
ティー・カップ:H=66mm、D=73mm/ソーサー:D=127mm
 
マイセン
1763〜73年 染付で交差する剣の下側に点一個の窯印
ティー・ボウル:H=41mm、D=71mm/ソーサー:D=126mm





ヘレンド「インドの花」(現代) マイセン「柴柵図」(19世紀後半) ヘレンド「花文様のソーサー」(現代)
 

 マイセン窯で絵付けされた柿右衛門写しの柴柵図を見た人が、しばしば「これはヘレンドとそっくりですね」とか「ヘレンドを真似した作品ですか?」などという言葉を口にするのを、筆者は毎度愉快に聞いている。絵柄の大本は柿右衛門窯で、それをマイセンが写し、さらに後年になってヘレンドが真似したわけだが、マイセンとヘレンドの順番が逆になって受け止められているところが面白い。「インドの花」と名付けられたヘレンドの柴柵図(緑・金彩の三日月形の皿)は、マイセンの伝統的図柄(多色で描かれたソーサー)をコピーしたものなのである。
 ヘレンドはシュティングル・ヴィンツェ(姓・名順表記)によって1826年に創業され、1839年にはエステルハージ侯爵家の肝いりでフィシェル・モル(姓・名順表記)に買収されて、経営規模を拡大していった(「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.178)。
 フィシェル・モル指導下のヘレンド窯では、マイセン、セーヴル、ウィーン、明・清などの王立窯製作品を写した「コピー・贋作メーカー」として経営され、万国博覧会で自社のコピー技術の高さをアピールして数々の賞を獲得し、作品の注文を受けていった。中でも1851年のロンドン万博では、ヴィクトリア女王が清朝写しで蝶と花柄のヘレンド製コピー食器を注文し(後に「ヴィクトリア」と命名)、一躍有名となった。この万博後に建設されたヴィクトリア&アルバート・ミュージアムの陶磁器コレクションの根幹をなす寄贈を行った収集家シュライバー夫人が、このときの万博会場でヘレンドのブースを見て、その高度な贋作技術の素晴らしさを絶賛した文書を残している。
 「インドの花」「ヴィクトリア」と並んで名高い「ロスチャイルド・バード」もまた、マイセン窯製鳥絵作品のコピーである。富裕な銀行経営者ロスチャイルド家に納品されたこのシリーズが持つ品格の高さは、ヘレンドのデザイン力にあるのではなく、本来これがマイセン窯製磁器の忠実な写しであったことに起因している。他にも当時のセーヴル窯を写したデザインの食器などが今日なお製造・販売されており、この窯の歩んできた模作の歴史は、その製品に対して如実に反映している(「アンティーク・カップ&ソウサー」p.106参照)。
 前述の三作品ほど有名ではないが、抽象化された花文の作品の写しもあるのでご紹介しよう。掲載したマイセン窯の作品は、ドレスデン美術アカデミー監督下の1763〜73年にかけての期間に作られた。非常に白く滑らかな釉薬を持った美しい白磁に、オレンジ・紫・金彩でリズミカルな花文様が描かれている。ハンドルはなく、ティーボウルの形状になっている。
 この図柄に似たものは、ヘレンド同様に現代の日本の製品でもコピーされている。ヘレンドでは鮮やかな色絵で描かれており、本ページに掲載したのはソーサーで、絵付けは手描きである。
 もう一点、赤紫色と金彩で描かれた岩牡丹文のカップ&ソーサーも御覧いただこう。1740〜50年頃に作られたもので、柴柵図に構図は似ているが派生した絵柄ではなく、元絵は柿右衛門にある。柿右衛門では多彩色で描かれるが、マイセンにはモノクローム仕上げの作品も多く残っている。結局これとても、所詮は「マイセン窯が行った柿右衛門のコピー」となるわけで、このあたりに隠された西洋磁器に特有の事情を知らないと、的はずれな鑑賞をしてしまうことになる。
 19世紀までのドイツ系王立窯では、意匠登録などの権利保護の考え方が非常に甘く、多くの窯が製品のコピー活動を野放しにしていた。イギリスの窯業者達が早い時期から特許やデザイン登録などに敏感だったのとは大きな違いがある。また現代とは異なり、工芸品の贋作製造が必ずしも悪とは考えられておらず、高度な贋造技術は、むしろ名誉となる場合が多かった。マイセン窯が窯印のコピー禁止を求めてようやく訴訟に踏み切るようになったのは、19世紀後半のことである。
 赤紫色で描かれた「柴柵図」や「岩牡丹図」は、18世紀のイルメナウ地方などで盛んにコピーされた。本サイトのルートヴィヒスブルクのページにも「柴柵図」の作品が掲載してある。
 ところで、現代のヘレンド社はコマーシャルがうまい。雑誌などで製品を目にすることが多く、また量産品のため、デパートや洋食器店で実物を簡単に手に取ることができる。それに比べるとマイセン窯の方は馴染みが薄い。磁質も色絵も美しく、比較的入手しやすいヘレンド窯が日本で人気となるのもむべなるかなといったところだ。「マイセンがヘレンドをコピーしたのか?」という認識が生まれるのは、ひとえに知名度の高さ・低さに影響された結果である。
 マイセン窯の赤紫色の柴柵図については「ヨーロッパ アンティーク・カップ銘鑑」p.15に掲載があるので、ご参照いただきたい。

 

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